アガペー③
「ウチの猫は、難しいぞ」
男は自転車をとめて、ビニール袋をおろし始める。袋の中には、カップラーメンやチョコレートなど、魅力的だが、健康的とは言えない食べ物が、どっさり入っている。
僕がどうしていいか迷っているうちに、男は袋を持って玄関に向かう。あ、右足を引きずっている。
「ちょっと、そこで待ってな」
知らない人の言うとおりにしていいのだろうか。少し迷ったけど、悪い人ではなさそうだし、別に行くところがあるわけでもないから、僕は逃げなかった。
僕が、猫が入っていった隙間をのぞいたりしているうちに、男が出てきた。
改めて見ると随分背が低い。僕とそれほどかわらない。だが、横幅は僕の2倍ぐらいある。そして、やっぱり、右足を引きずっている。
「はい、どうぞ」
お菓子とペットボトル入りの飲み物を差し出された。もしかしたら毒が入っているかもしれないけれど、今の僕には、生きていなければならない理由もない。
「ありがとうございます」
男は昨日と同じ箱に座った。
ぼくは、立ったままペットボトルのふたをあけ、お菓子の袋をあける。
「椅子のかわりになるもの、あったかな」
男が立ち上がりかけたが、僕は平気だからと断った。
男は、僕に、何歳かとか、部活をやっているかとか、聞いた後で言った。
「学校は楽しいかい」
ぼくが、一番聞かれたくないことであり、また、一番、話を聞いてもらいたいことだ。