梅津慶一 diary

たことねこ

欲望について

仏教では、人生における苦しみの原因は欲望にあると考えるようです。

金が欲しい、おいしいものを食べたい、結婚したい、車が欲しいというふうに、私たちの生活は欲望だらけです。

これらの欲望が満たされた恵まれた人でも、体力がおちたり、病気になったり、死んだりします。死にたくないとどんなに願っても、死にます。

こうして欲望がかなえられないから、人間は苦しむわけです。

この苦しみをなくすには、発想を転換しないといけない。

欲望を減らすのです。少しの食事で満足する、欲しいものが手に入らなくてもあきらめて執着しない。死を受け入れる。

こうすると苦しみが少なくなる。

仏教は多くの宗派に分かれていますが、仏教の教えを一番、今に残しているのは、禅仏教、すなわち臨済宗と曹洞宗だと思います。座禅を続けていると人生の細かいことがどうでもよくなるらしいです。いわゆる「さとり」ですね。

こうした仏教の考えによく似ているのが、老荘思想でしょう。

老荘思想について書くのは、省略しますが、少しのもので満足しようという基本的な考え方が、仏教に似ていると思います。

 

現代の私たちは、多くの欲望を満足させられる恵まれた時代に生きています。

しかし、何か欲望が満たされないとひどくがっかりしているのではないでしょうか。

欲望が満たされなくても「まあいいさ」とやり過ごすと苦しまずにすむのではないか。

 

私の場合、背が低い、太っている、お金がない、友達・恋人がいないという苦しみの種を抱えています。

しかし、できるだけ気にしないようにしています。苦しみがなくなるわけではないが、すこしは、気が楽になります。

 

読者の方で、何か苦しんでいる方は、欲望を見直してみてはどうでしょうか。案外、些細なことにこだわっているのかもしれませんよ。