梅津慶一 diary

たことねこ

エッセイの思想2

このブログが始まったのは1年10か月前です。

途中で10か月間ほどエキサイトブログに移っていました。

で、このブログの初めの方を見てきたんだけど、いやあ恥ずかしい。

ブログなのかツイッターなのかわからない状態ですね。

つまり、一つの記事が短くて200文字ぐらいしかなかったり、ときにはもっと短い。

 

でもね、まず、けっこう読んでくれる人はいた。

それと、私のおもっていることをつたえるのには、200文字ぐらいでちょうどいいのかなあ、と思うこともある。

 

そのことを、以前、「エッセイの思想」と呼んだ。

あえて、全文を再掲載する。

 

 

 

エッセイの思想

 

大学生時代に思いついたことです。

厳密な文献読解や文学的研究ではない軽い文学的創出として、エッセイが使えるのではないか。

詳しくいうと、何か文学的アイデアを思いついたとしよう。

これを、さまざまな文献と比較衡量して、大学教授も納得

するものにするのは、一苦労だ。

だから、エッセイとして発表する。

 

たとえば、人間の感情について、あるいは、社会の問題点について、思いついたことをエッセイとして、発表してしまう。

もし、そのアイデアが本当に優れているならば、だれかが厳密に研究してくれるだろう。

 

このような学問的アイデアマンとしてのエッセイストないしは評論家というポジションがあると思う。

 

まとめると、学者にアイデアを提供するエッセイというものが可能だと思うのだ。

 

みなさんも、エッセイを読んで、「おお、すごい発想(アイデア)だ」と思ったことがあるだろう。

私は、そんなエッセイを書きたい。

 

 

 

以上です。

今でもこの考えは変わっていない。

 

いったいどんなものを書けばいいのかな。

考えてみます。

 

それじゃあまた。