梅津慶一 diary

たことねこ

アガペー⑤

学校では居心地が悪い。家にいても特にすることもない。だから、畑や林のあるこの辺を散歩している。

 

僕の話がやっと終わった。男は何も言わずに聞いていた。そして、厳かに、簡潔に聞いた。

「Tは強そうなのかい」

Tと戦えっていうのだろうか。ぼくは、驚いた。

「たぶん、強い」

Tはだれかと喧嘩をして、やっつけたという話をよくしていた。

「もし、耐えられなくなったら、私に言いなさい」

男はゆっくりと言った。

「はい」

とりあえず、こう言うしかないだろう。

 

もう、6時30分近い。

「今日は、もう帰ります。お菓子とかありがとうございました」

男はうなずいた。

ふと思い出した。

「あの猫の名前は・・・」

「ああ、名前はないな」

なんて不思議な家だろう。僕は歩き出しながら思った。

男の名前を知りたくて表札を探したが、見つからなかった。

家に向かって歩きながら、安心感と不安感が絡まりあっていた。

 

次の日から、僕はときどき、その家に行くようになった。

男の名前は「時田聡(ときたさとし)」。37歳だそうだが、もっと若く見える。身長と体重は聞きづらいのでわからないけど、身長は、154cmの僕と同じぐらい。聞かないでもわかったけど、独身。足を引きずっているのは、昔、車に轢かれたらしい。両親が事故で亡くなったとかで、その遺産で生活している。

時田さんの生活は、一言でいってめちゃくちゃ。夕方5時に起きたり、食事がポテトチップだったり。

名前のない猫は時田さんの家に入ったり気ままに散歩に行ったりしている。白っぽくって、少し灰色が混じったその猫が、とびぬけて美しいことは、動物に興味のない僕にもわかる。触ってみたいけど、触ろうとするとするりと逃げる。

この一人と一匹が、けっこう大きな家で一緒に暮らしている。家の中はご両親が亡くなってから、ろくに片づけられていない。

時田さんは、自室のパソコンに向かっていることが多い。株式の取引もしているみたい。

僕が行くと、時田さんは、お菓子と飲み物をくれる。そして、庭か、家の中のどこかで、話をする。僕の学校の話や、最近のニュースのこと。名前のない猫が近くに座っていることもある。時田さんは自分の食事は、適当だけど、猫には、ちゃんとしたキャットフードをあげている。