梅津慶一 diary

たことねこ

アガペー⑦

時田さんの家に行くことは少なくなった。友達ができてみると、やはり、時田さんとおしゃべりをするより、テレビゲームをしたり、繁華街に出かける方が楽しい。

 

僕は、平凡な中学生になり、高校生になり、大学生になった。

中堅レベルの大学の文学部史学科。史学科にしたのは、高校のとき、世界史の授業で習ったヨーロッパの歴史が面白かったからだ。

文学部は就職で苦労すると、いろんな人に言われたが、18歳の僕には、就職なんてアンドロメダ大星雲ぐらい遠くにあった。

大学生活はまあまあ充実していた。サークルは入らなかったけど、塾の講師のバイトにやりがいがあったし、同僚の女の子と付き合うこともできた(1年ぐらいでわかれたけど)。

勉強も、期待ほどではなかったが、面白かった。

 

就職で、つまずいた。3年生の終わりごろから就活を始めたが、内定は出ない。そのことに焦ってますます泥沼にはまった。

社員数300人ぐらいのメーカーや商社を受けたが受からない。

「君は人見知りするタイプだね」

と面接官に言われたこともある。

採用試験に落ちるごとにやる気がなくなって、ほとんど活動をやめてしまった。大学の授業もさぼるようになった。

人生が終わったようなこの気分。中学2年のころを思い出した。

時田さん。あの人に会いたい。強い衝動に駆られて、畑のそばのあの家に向かった。

 

時田さんの家。何年振りだろう。ウチから、歩いて10分なのに。

でも、なんだかおかしい。時田さんのにおいがしない。インターフォンを押してもだめ。玄関をたたいてもだめ。家のまわりをぐるりと回るがどうにもならない。

隣の家に聞きに行く。隣といっても30メートルぐらい離れている。インターフォンを押すと40歳ぐらいの女性が出てきた。「主婦」というプラカードをぶらさげているようだ。

えらく親切なおばさんで、「事故」のことを詳しく教えてくれた。

一か月ほど前の雨の日、時田さんと名前のない猫は車にはねられて死んだ。

朝の8時ごろ、工事現場に向かう業務用のトラックが時田さんと名前のない猫を跳ね飛ばした。

時田さんは病気なのか、昔よりもだいぶ痩せていたという。猫も年を取ってトラックの音が聞こえていなかったようだ。

名前のない猫がゆっくりと道路に出てきて、それを追って、時田さんが飛び出したという。

時田さんは名前のない猫をかばい抱きかかえるような恰好でトラックに轢かれた。

時田さんも猫も即死ではなかったという。時田さんは救急車で病院へ運ばれ、猫は近所の人が動物病院へ連れて行った。だが、どちらも頭や内蔵をやられていて、治療の甲斐なく亡くなった。

おばさんの話を聞き終わると、僕は丁寧にお礼を言って、時田さんの家の前に戻った。

泣いちゃったよ。時田さん。いろんなことを思い出して、ますます涙がでる。

時田さんと名前のない猫。彼らが、確かに僕を助けてくれた。もう、10年ぐらい会ってもいなかったのに、二人は僕のそばにいた。そんな気がした。

 

道路に、名前のない猫が座っている気がする。

太った時田さんが隣に立っている。

 

いつか僕も行くのかな。二人のもとへ。