平成でナンバーワンの三毛猫。
おはようございます。
やっと夜型から抜け出しかけている私です。
最近、平成時代が終わるという話題があるじゃないですか。
そこで、私も書いてみます。
私にとって、平成の30年間はどんな時代だったのか。
平成になったのが、私が小学校6年生の時だったと思う。
冬休みの最終日1月7日の午前10時ごろ、弟が、まだ寝ている私の部屋に来て「天皇が死んだ」と教えてくれた。
昭和天皇が死んだということですね。
時間が一気に飛んで、私が18歳で高校3年生の時、我が家に猫さんがやってきました。
とーってもきれいな三毛猫さんで「もも」と名付けられました。
メスです。
三毛猫ってなんか野良によくいて、毛艶がぱさぱさなイメージない?
その点、ももちゃんは毛艶はぴっかぴかでスタイルもすらりとしていて、まるで三毛猫っぽくなかった。
そんなお上品なももちゃんだが、やっぱり若い猫は遊ぶ、遊ぶ。
ウチの中でピンポン玉を追いかけるのはもちろんのこと、外でもよく遊んだ。
当時、ウチの近所は空地や空き家が多かったのだが、ももちゃんは走り回って遊んでいたよ。
バッタとかセミとかを捕まえてきたものだ。
こうして、自然の中で鍛えられたのがよかったのか、ももちゃんはとっても元気で、病院の予防接種なんて受けたこともなかった。
10歳ぐらいになっても元気いっぱいだったが、さすがに15歳を過ぎると、ジャンプ力が低下し、毛艶が無くなってきた。
それでも、私がアルバイトから帰ってくると、2階から降りてきて、玄関でお出迎えをしてくれた。
家族の中でも、私に一番なついてくれて、ご飯を食べるのも、寝るのも一緒だった。
そのももちゃんも3年ぐらい前に21歳で大往生を遂げた。
私がうれしい時もつらい時もいつも一緒だったももちゃん。
今も私の心の中に生きています。
けーいちさん、もう寝ましょうよとかけーいちさん、幸せですねとしばしば呼びかけてくれる。
この30年間は私にとっても日本にとっても大変な時代だったが、ももちゃんがいてくれたからがんばれたよ。
私がノイローゼの時も、就職に失敗した時も、バイトで嫌なことがあった時も、家に帰れば、ももちゃんとのハッピータイムがあったんだ。
というわけで、私にとって、平成の30年間とは、ももちゃんと一緒に過ごした時代に他ならない。
ももちゃん、ありがとう。
にゃー、照れるニャー、という声が聞こえてくるよ。
じゃあまたね。
またにゃ。